加藤登紀子「登紀子1968を語る」

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大相撲、もう中日過ぎたのか。全然見てない。結果も気にしていない。高見盛は好きだけど彼の取り組みにはそれほど興味がない。勝っても負けても彼らしければいい。豪栄道は好きだけど取り組みはそれほど興味ない。かれは佇まいがいい。今一番気になる力士は栃煌山。年をとって色気の出る男というのは多いが、若い頃特有の青竹のような色気を感じる。少年特有の自意識でつっぱてる感じがいい。でも取り組みにはそれほど興味がない。それはもう相撲界全体を見渡して共通のことなので致し方ないのかもしれない。私は相撲界に何を求めているのかしら?相撲をつまらなくしたのは力士ではなく外野だということはよくわかるのだが。

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日曜の大風で公園の樹木がだいぶダメージを受けた。松の木が二本折れ、桜も大枝の折れた木がある。この公園の木はそれほど地面に根付いていないのがわかる。やせた土に無理に根付かせている感じ。幹の太さに対して枝の広がり、葉の付き方が貧弱な木が多く枯れ枝を抱えた木も多い。枯れ枝というのは不思議だが余所ではとっくに落ちている葉が枯れたまま不自然にくっついたままになっていたりする。葉がきちんとした成熟を迎えないまま枯れて繊維が枝にしがみついたままになっているのだろうか。この公園で唯一ちゃんと根付いているのはケヤキくらいだろうか。県の木ということもあり、この土地に一番適している木のようだ。公園の一角にカブトムシやクワガタの住む森を再現するとする看板のある区域があるのだが、たぶんこの看板を立てた時に植林した樹木はみんな枯れてしまったのだろう。そこに生えている樹木は雑木林のそれとは異なる木ばかりだ。コブシやモクレンハナミズキにカブトムシはたからない。だいいち去年暮れの下草の伐採でところどころ地面の見えている土に、積もった枯葉さえない土にカブトムシが餌にする様な腐葉土は存在すらしていない。オオムラサキの繁殖の低下は実は環境破壊やマニアの乱獲ではなく、冬眠しているエノキの下の枯葉を幼虫ごと撤去してしまうことだと聞いた事がある。人が管理するほど虫は遠ざかる。繁殖しようもないカブトムシを待ち望むくらいなら既存の虫の生態系を保持したほうがたやすいし虫の棲み分けも学べるいい教材になると思うのだが、ありきたりなものには価値を見いだされることはないようだ。