流れを渡る

この間、三島由紀夫の未発表音源がTBSで発見とかニュースやってたけど、あれ発見もなにもライブラリにあったのをずっとスルーしてただけだろ。なにが発見だよ。しかもDATって。80年代後半から90年代にかけてデジタル化したってことはその時きっちり存在認識してんじゃん。なにもかも間抜けすぎる。嘘くさい。そのDAT、もしかして改竄されてるかもしれないよ。オリジナルマスターどうせ処分済みだろうしね。今となればDATなんかよりアナログで保存しといたほうが遙かに安全だと思うわ。


あんまり寒いので実家からファンヒーターを持ってきた。細弱で点けていても十分あったかい。もっと速く持ってくるんだった。


去年はいろいろすっちゃかめっちゃかで行けなかった。
その一因はもう明らかで衰えとか老いとかそういう次元の話。
明らかに昔のようには行かなくなってきた。

ちょっと前に昔のラジオパーソナリティが番組を企画で再度やるようなものがいくつかあり、その度にリスナーとパーソナリティの温度差について、なんだかやりきれないようながっかりする場面が何度かあったけど、今ならば分かりますわ。そんな憶えているわけ無いわ。ほんと忘れてしまうわ。忘れてしまうものだわ。当然のことだったって分かります。今なら分かりますって。すみませんでした。

そして私のライフワークというか、趣味の主要部であるところのラジオの大幅な改編によって更に切迫した事態に展開していったのが去年だった気がする。伊集院とジェーンによる朝ワイドの担当によって午前中のラジオサイクルが変わってしまったのが一番大きい。この時間に深夜ラジオの録音を聞いていたのがリアルタイムで聞く番組が出来てしまいさあ大変。それに加え、タイムフリーなんてのも導入されて、聞こうと思えば限りなく聞ける環境が用意されてしまったのだから。十歳若かったら即ラジオジャンキーになって廃人になってたかも知れないけど、幸いなのか残念なのか、今の私はそこまで追い切れるまでの胆力は無いので、今年からちょっと諦めることにした。
考えてみれば、ラジコプレミアムが導入された時点で全国の主要ラジオへのリーチが可能になり選択が増え、聞く番組も増え、だんだん広く浅くになっていき、かなり限界感じ、聞き込めなくなってきていたのも事実で、元を正せば週に1つか2つの番組を熱心に聞いていただけだったのがこんなにも手広くなって収拾つかなくなるのもまぁ当然のことだわねとそんなあたりまえのことにいまこうやって対峙しているのよ。これからは好きなものだけ聞いていき、それ以上は深追いしない。

もう欲張らないで好きなもの楽しいものだけを細々と追っていく事にする今年の目標。



そういえば、多岐川裕美も梶芽衣子も女囚さそりやっているのよね。それをダブルキャストしている鬼平ってやっぱりどうかしているわね。



そいやコロムビア時代のキリンジもアナログ化されるわ。ボイエンシーが頂点だわ私的には。