もーちゃんの思いで

中学校の時の同級生にもーちゃんという男子がいた。正式には「もちゃ」と呼ぶそうで何度かレクチャーも受けたのだが、その牛めいた風貌から私はもーちゃんと呼んでいた。だいたいイニシャルはKなのにもちゃもおかしいと思ったが、K本の「本」のほうから「もっちゃん」が簡略されて「もちゃ」になったようだ。誰かが冗談で「もちゃもちゃしてるからもちゃだ」と言っていた。だけどもちゃよりもーちゃんのほうが相応しいと思っていたのでもーちゃんと呼び続けた。卒業間際に「そう呼ぶのはアンタだけだ」と言われた。巨漢で175、100キロ超えであったが、片足に麻痺があるのかいつもずっていた。眉毛、目尻、鼻翼、口元全部が下がりきり、鶴田忍がぬりかべに収まったような、そんな風貌だった。夏場にはカブトムシの匂いがして、写生会のときには九官鳥をひらってきたりした。多兄弟の末っ子で内弁慶、わがままなわりに小心だった。そんな不良のパシリだったもーちゃんなのだが、もーちゃんには一人こしぎんちゃくがいて、I君というのだが、大人しく、小柄で、いつももーちゃんとつるんでいて、もーちゃんのからかいが過ぎるとキレてもーちゃんが蹴り飛ばされたりしていたが、翌日にはいつものさやに落ち着いていた。I君はもーちゃんがいないときには、もーちゃんがいかに卑劣で最低で鬼であるかを語った。あんなやつとほんとは一緒にいたくないんだと言った。そもそもI君がもーちゃんの名前を呼んでいることを聞いたことがなかったが、陰口をたたくときだけは決まって「K本」と呼び捨てていた。だけどだいたいI君はもーちゃんの元に居たし、それで景観としても収まりが良かった。私ともーちゃんは末っ子同士の性か、波長は合うけど折り合いはそれほどいいこともない程度であったが、もーちゃんがパシらされてるときにわざと「九官鳥元気?」とか質問攻めにして困惑させたり、そういう関係だった。そんなもーちゃんに成人後一度だけ会ったことがある。成人式の数ヶ月後、なぜか市役所の前で見覚えのある、足をずった巨漢が目に入った。たぶん、この「足をずる」が無かったら気がつかなかったかもしれない。なんせもーちゃんは完全なるヤンキーファッションに身を包んでいたのだ。声をかけると色の入ったメガネ越しにひとなつっこい笑顔で私の名を呼んだ。あまりに滑稽だったので即座にメガネ、金のネックレス、その他ひとしきり格好を指摘すると開口、私が成人式に来なかったことを非難してきたので「I君とは仲良くやってんの?」と聞くと「会ってない」と言った。一通り近状を語り合って別れた。それっきりである。
時は流れて町は変わったけど、みんなまだあの町で元気に暮らしているのかしら?なんて思う36の早春です。